武田山 (410m) : 01May2008
広島県広島市安佐南区






















JR可部線の下祇園駅を下車すると、上部の写真の登山ガイドの看板があります。
近くの公民館へ、このガイドマップがあると思い、
ガイドマップを貰いに行って、登山を開始します。

最初に立ち寄ったのは、
武田一族の墓と言われているところです。
真偽は不明です。

武田氏の祖先は、源義光とされます。
その子孫の武田信光(甲斐国)が
承久の乱(1221)で手柄をたて、
安芸国守護職に任命されて、
その孫の信時が安芸国へ移り住みました。
その信時の孫の信宗が武田山に、
銀山城を築いたとされます。
よって、武田山は、山全体が山城でした。

武田信宗の子孫には、甲斐の武田信玄もいるという事です。

武田山憩いの森を過ぎ登山道に入ったところ。
岩が転がっています。













ここは馬返しです。
ここから先は、険しくなって、
馬が使えなくなる為、
この郭は、馬返しと呼ばれました。








木立の隙間から、
麓の祇園方面が見えます。










登山道です。














御門跡手前の岩です。














御門跡です。
ここは、少し広くなって、
道は右に直角に曲がっています。
近世の城の入口にある枡型に相当する
と言う事です。
ここで入城する者があやしい者でないか
チェックをしていたようです。





御門跡から広島市街方面の眺めですです。
太田川が見えます。










その眺めを拡大して見たところ。
写真中央の山に見える島は、金輪島です。
写真の左側の山は黄金山です。









更にその眺めを拡大すると、
金輪島の下に背の高いビルが見えます。
2009年1月時点で中国地方で最も高い
アーバンビューグランドタワーです。








写真中央の山は、牛田山です。











御門跡です。
少し広くなったところを直角に曲がったら、
通路は狭くなっています。









頂上が平らな山は、宗箇山です。
茶人であり、広島の縮景園を造園した
上田宗箇にちなんで呼ばれています。









広島市街方面を見たところ。











銀山城跡千畳敷(本丸跡)です。



























銀山城の説明がありました。
1541年、大内氏の命を受けた毛利元就に攻め落とされたとあります。


山頂から見た広島市街地方面です。











中央右の山は牛田山。

麓に見える造成中の四角い土地は、
2009年4月にオープンした
イオンモール祇園です。







頂上には、景色が開けている南方面と、
東方面に対して、景色の案内板が
ありました。

右写真は、東方向の景色の案内板です。







高陽方面を見たところ。
写真中央、右よりの山は、二ヶ城山です。










御守岩台です。
近世の城の天守台の機能を果たしていたようです。













城内最大の郭であった館跡です。











北方面の景色です。
左手の山は、荒谷山です。










こんな花が咲いていました。














鶯の手水鉢です。











犬通しです。
頂上の表から裏(北側)に通じる直結路でした。
石垣は、自然石を積み重ねた当時の物です。












犬通しを東へ抜けると
武者溜まりがあります。










見張り台跡です。
今は木が生えて何も見えませんが、
太田川流域を見渡していました。









見張り台跡の自然石には、
人工的な加工跡が見られ、
建物に使用されたと見られています。









空堀跡です。











北端の出丸へ行く途中で振り返ると、
石垣?










出丸の北郭跡です。











北の出丸から引き返して、頂上を過ぎて、
南西の弓場へ向かいます。
その途中の景色です。
中央は、宗箇山です。








広島市街地方面の景色です。











弓場跡です。











弓場跡に弓と的が置いてあります。











観音堂跡です。
戦術の密議にも使用されたようです。










上高間です。
観音堂に付属した庭園か休息所が
ありました。









上高間南端の大岩からの
素晴らしい眺めです。

広島市街地方面を見たところ。








拡大写真です。
太田川が見えます。
海に浮かんでいる島は、金輪島です。









高陽、深川方面(北東方面)の景色です。
中央を流れているのは、太田川です。










下を覗くと、祇園、登山口方面が見えます。














東には、牛田山が見えます。











南西には、造成中の団地が見えます。
土を削り取った跡が痛ましい。










西南西には、火山が見えます。
火山には、神武天皇の烽火伝説があります。










上高間を下りて行くと、
このような物がありました。
人工的に造ったもの?









ここは下高間です。
ここも、観音堂に付属した庭園か休息所が
あったようです。









馬場跡です。











見張り台跡です。











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